名前の由来はいったい何なんだ!「ぺーが墓」(五和町御領)
国道324号線を苓北方面へ向かうとき、いつも気になっていた場所。それは「ぺーが墓」。聞くところによると、けっこう入り込んだところにあるということで、心して向かった。
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場所はgoogleマップでも、どの道がその道なのかわからない、へんぴな場所。
入り口だけはわかるのだが、果たしてどのような道のりがまっているのだろうか?
より大きな地図で 天草四郎 を表示

これがいつも気になっていた苓北方面へ向かう道の左に見える「ぺーが墓」看板

ここから870mということだ...
車一台が通れる道を進んでいく。
舗装もされているし、
ところどころで離合はできるので、安心を...
(滅多なことじゃ対向車なんてやってきませんが...)
道なりに進んでいくと、
右側に駐車場らしい広場に到着。
すると看板発見。

到着かと思ったが、看板を見ると...

あと169m...
車ではいけないので、
さきほどの駐車スペースに車を置いて
徒歩で行くことにする。

これから秘境の地へ突入。

畑を横切り...

どんどん進んでいくと
ちょうど季節的にぴったりな梅の木を発見。
右側にある暗闇がどうも怪しい...

予感は的中。
やはりこの暗がりに進んでいくのだ...
夕方などの日暮れ間近に行くのはやめといたほうがよさげだ...

少し行くと、
ありました、ぺーが墓の案内看板。

上の看板は、今回の看板ではなく、
昔はこのような古びた看板だったらしいという写真を見つけたので、
掲載しておきます。

少し影って暗かったので、
写真が鮮明ではありませんが、
逆に良い雰囲気を醸し出しています。

キリシタンとうことで、
表に十字を刻んだものもある。

ペーとは洗礼名の一部(ペテロとか)らしいが、

五和町御領には、千基ものキリシタン墓があるのだが、
「ペーが墓」だけが唯一名前が残っている墓である。

このペーが墓は「ティー」が墓とも言い、
古いスペイン語では神父の事を指し、
その言葉は、ブラジルに渡り現在も使われていると言う。

ほかには
パードレ(宣教師)が訛ってペーになったと解釈して、
1570年10月、志岐で死亡した
コスメ・デ・トーレスの墓ではないかと推察されている。


天草のある地域では「ペーなっせ」との方言が使われており、
「食べてください」との意味であるとも...

結局のところ、
ペーが墓、禁教前(戦国時代末期)のキリシタンの墓14基で、
十字や「18」(意味は不明らしい)の文字が刻まれていたり、
(予備知識がなかったので、私はこの18はわからなかった...)
歴史的史実がなく、なぜぺーが墓というのかは謎のままである。
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