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全てを知る唯一の生存者 山田右衛門作

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天草四郎陣中旗を作ったとも言われる、
山田右衛門作
彼は南蛮絵師だったことが理由で
そう伝えられている。



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他には有馬セミナリオ・長崎コレジヨ関係者だという説もあるが、
未だ歴史的に確証できるものは見つかっていない。


山田右衛門作とはどういった人物なのであろうか?


山田右衛門作は天草・島原の乱の際、四郎軍の幹部の一人であり、原城にたてこもったのだが、篭城方の全員が玉砕したにも関わらす、ただ一人生き残った人物として知られている。幕府の取調べに応じた彼の口上書は原城での天草四郎軍の内部事情を知りうる唯一の資料となっている。江戸時代に著わされた「阮塘画談」という古記録によれば山田右衛門作は肥前佐賀の人らしい。ポルトガル人に習い、西洋の画法を学び、耶蘇の仏画を描いて生計をたてていたらしい。乱直前の居住地は口之津村であった。当時、口之津では村人全員が原城にたてこもった。そのため右衛門作も本人の意思なのか、あるいは無理強いされたのかはわからないが、ともかくたてこもることになった。そのような経緯から、四郎軍の陣中旗を描くようになったのだろう。彼は四郎軍の幹部として、幕府軍と対峙した3ヶ月の間、城中と幕府軍とで交わされた矢文の起案者の一人であった。その役目を利用する形で、密かに幕府軍と内通し、命を永らえたのであった。四郎軍に対する明らかな裏切り行為ではあるが、彼の存在がなければ、原城での四郎軍の実情は世上に知らされることはなかった筈だ。うがった見方をすれば、四郎軍も歴史の生き証人として、彼を指名したのだと考えられないこともない。少なくとも、事実はそうなっている。右衛門作は口上書のなかで、天草・島原の乱について次のように述べている。「事の発端は、大矢野の千束島にいた松右衛門、善左衛門、源右衛門、宗意、山善左衛門らが、26年前に追放された神父が26年後にこの地に善き人が現れ、そして、この子は人々の上に十字架をかかげるであろうという書き物を残した。大矢野に四郎という若者がいるが、この四郎こそ、その人であるといいふらしていた。10月15日にまず島原で乱が始まった。島原衆は島原城を攻め立てたが、城中の者が防いだため、一旦引き返した。その後、相談し、四郎を総大将として、宗門を守り立てようと決議した。四郎勢は天草の上津浦で兵を上げ、応援に来た島原衆とともに、本戸にて、寺沢藩の家老である三宅藤兵衛を撃ち破り、さらに富岡城を攻めたが、落す事が出来ず、島原の口之津に海を渡ってきた。江戸より長門の守(板倉重昌)が島原城に出陣し、その上鍋島藩勢も加わったことに四郎は驚き、原城に立てこもった。四郎は12月3日にこの古城に入り、その後、島原衆も続々と立てこもり、原城の普請を行った。12月9日には天草衆も原城に籠もった。原城には3万7千人もの人が籠もったため、5人の物頭を決め、同時に島原衆、天草衆のなかから一人ずつ軍奉行を定め、指揮系統を整えた。1月1日幕府方が攻めてきたが、事前に情報を得ていたので、容易に防ぎえた。2月21日、夜討ちを仕掛け、城中の手負いは430人であって、このうち132人は城中に引き取った。城中の鉄砲は530丁あったが、正月20日ころより、玉薬が切れてきた。城中の飯米も2月10日頃より切れてきた。城中には牢人が40人位いて、主に四郎軍の作戦部門にあたっていた。四郎が本丸で碁を指していたところ、幕府方より、石矢が打ちかけられ、四郎も負傷した。周りにいた者5,6人がこのため死亡した。篭城していた一揆方はその光景を見て、四郎様は絶対傷つかない天使様だと思っていたのにと、不吉な思いに捕らわれ、落胆した。」などと供述している。そして自分が生き残った次第も述べている。「自分は、以前の上司である有馬左衛門助殿と矢文で連絡を取り合い、有馬殿に忠節を尽くすことを知らせていたため、落城の時、小笠原右近殿に見つかり、切られそうになったが、有馬殿からの矢文を見せて、命を助けられた。」

裏切りの汚名を覚悟しつつも、
命に対する執着をみせた右衛門作の本当の心境は
果たしてどうだったのであろうか。
(鶴田文史「天草四郎の陣中旗と首塚」西海の乱史研究会、
鶴田倉造「原資料で綴る天草島原の乱」本渡市より)

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秋月郷土館の<島原の乱・戦闘図・出陣図> 一対の屏風に描かれている。


2009.03.06更新

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