「切支丹ガール」No.02 胤美

Christian Girl

Number : 02

Name : 胤美(つぐみ)

Weapons : 椿十字刀(つばきじゅうじとう)

Illustrator : 白銀兎(シロガネウサギ)

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無断転載禁止

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落ち椿

 

落ち椿という言葉がある。

あの花は、花弁が一枚ずつバラバラに散るわけではなく、萼を残して丸ごと地に落ちる。

その様子が、人間の首が落ちる時の光景を連想させるのだそうだ。

ゆえに武士達は椿を好まないという話を、昔誰かと椿を眺めながら聞いた。

人間の首が落ちるだなんて、刀とは縁のない、片田舎の貧乏な農民からしてみれば

さっぱり思い浮かばない光景だと思っていたし、

私がそれを見ることも、この先一生ないだろうと思っていた。

それに、初めて椿を人間の首と称した人は、何とまぁ発想力に富んでいるというか、心が病んでいるというか…

そう思っていた数年前の私に、ちょっとした悪意を混ぜながら教えてあげたい。

「確かにあれは、そう見えるよ」と。

 

空気すら凍っているかの様な冬の寒空の下で、雪で覆われた砂地がいくつもの落ち椿で赤黒く染まっている。

薄着のまま磔にされ、見せしめかの如く、次々と村人達が無慈悲に嬲られ、挙句その命を雪の上に落としているのだ。

地に落ちてもその尊い魂は父なる神の元へ逝けるのだろうかと、

空より高い場所にいらっしゃるであろう御方へ思いを馳せてみても

この地獄の様な刻は一向に終わりの兆しを見せてはくれない。

とにかく寒い。殴られ、切られて出来た傷口に冬の空気は心底沁みるし、

縄で括られた手足の先も、血の巡りの悪さから本来の肌の色を失いつつある。

この苦しみはいつまで続くのだろう。いっそのこと、私の事も地に落としてくれれば、楽になれるというのに。

そんな中、潮騒とは別に足音が耳に届き、ずっと私を痛め付けていた男とは違う者の声が聞こえた。

何を言っていたのかが拾えなくて、恐る恐る瞼を開いてみる。

すると、目に入ったのは、槍くらいの長さもある竹の、鋭利な鋒。その先が自分に向いている意味に気付いた瞬間、

身体中を支配していた寒さとは別の、もっと別の冷たさが背筋を走る。

ひゅ、と喉も鳴ったし、歯が浮いて、喋ろうにも上手く言葉も出せない。

やめて、と言った所で何かが変わったとも思えないけど、それでも制止を訴えたかった。

せめてソレで狙うのは、一思いに心の臓にして欲しいと請いたい。

恐怖に慄きながら、本能的に顔を背ける。

そこで視界に入った、まるで私を観察しているかの様に静かに佇む椿が、皮肉な程にとても鮮やかで、美しかった。

『子供にこんな惨い仕打ちを……かわいそうに』

 

やっと全部終わったのだろうか。

気絶していた訳ではないのに、右の目に竹槍が刺さってから今までの記憶が全く浮かばない。

いつの間にか、私の手足を縛っていた縄は解かれていたし、身体は布がひかれた砂浜の上に横たわっている。

頭上で金属が擦れる音と布を裂く音がしたかと思えば、私の右目辺りに何かが巻かれ始めた。

と同時に襲いかかる痛みに、私は再度呻き声を上げてしまう。

途端に全身から浮かぶ脂汗が、更に私を陥れ、痛みを助長させているかの様だ。

そんな中、半分になってしまった視界に映ったのは見知らぬ女の人だった。

残った左目は涙で滲んでいる上に、逆光のせいで表情がはっきりとは見えないものの、痛みに震える私の手をしっかりと握ってくれる。

その手は然程大きくないのに、炊事や畑仕事をしている女のそれとは、違う類の硬さをしていた。

『もう、我慢しなくていいのよ。痛みに耐える必要もない。少しでも楽になれるように、力を抜いて』

凛とした声と掌の温もりが、私を優しく撫でてくれる。ここで初めて周囲を見回してみると、

村人達を痛め付けていた役人達が、皆首と身体が離れた状態で地を染めている。

さっきからチャリ、となっていた音の正体は鎖で、それは目の前の人物と、その横で無造作に地面に刺さっている、血で染まった黒い刃を繋げているものだった。

ここでやっと、役人達を殺め、私を助けてくれたのはこの女の人なのだと理解した。

 

身動きの取れない私の右目に、竹の鋒がゆっくりと迫ってくる。相変わらず身動きの取れない私の瞼を何の躊躇いもなく貫き、眼球の表面にそれが辿り着く。

そして更に進むべく、容赦なく鋒を押し込めようとしてくる感触と、後に襲い掛かってくるであろう、内側から焼け付くかの様な痛みが恐ろしくて、私はーー。

「い……おい、お嬢ちゃん。大丈夫か」

「……っ、ゆ、め」

「随分魘されてたな。まぁ、そのナリじゃ無理もねえか」

血と臓物と潮の臭いに満ちたあの浜辺から一変、

目が覚めると私は、畳と香の匂いに包まれた、見知らぬ一室で見知らぬ男に介抱されていた。

応急処置を施されていた右目は勿論、他の傷にも真新しい包帯が巻かれ、着物も別のものに着替えさせられている。

どれ位眠っていたのだろう。時間の経過は、閉ざされた襖と四方を囲む見慣れない品々からでは察知出来ない。

「気分はどうだ」

「ここはどこ……私を助けてくれた女の人は」

口から溢れ出る疑問へ便乗するかの様に身体が動くものの、その場に居た男によって枕に再び縫い付けられる。

肩を押し返された時、抵抗する力がまだない事に気付く。

「落ち着けって。傷に障るぞ。……ここは俺の店だ。闇市、って言っても分からんか……

表じゃ売れないものを幕府の連中に見つからんよう、

隠れて出してる市の一角さ。まぁ、お前さんもえらい目に遭っちまったようだが、運が良かったな。蜂(ばち)に拾われてよ」

 

「蜂……」

 

「お前を助けた奴だ。女とはいえ、そこいらの武士より腕は立つからな」

蜂。覚えるべく口の中で名前を繰り返す。人の名前に蜂、なんて珍しい。

それに女が刃物を持ったからといって、あの場にいた役人達を皆殺すなんて所業、普通なら出来ないだろう。

徐々に鮮明になっていく記憶を辿っても、見えなかった表情は思い出せない。

だからこそ、気になった。私を助けてくれた蜂という女の人が、どんな人なのか。そして。

(どうしたら、戦えるのだろう。どうしたら、武器を持つ男に負けない位、強くなれるのだろう)

気持ちが昂ってきたきたのに反応してか、右目が疼き思わず手で覆う。

店主の男はとにかく休めと布団を掛け直してくれたけれど、

それからしばらく睡魔が私の元にやってくるまで時間がかかってしまった。

 

次に目が覚めたのは、喉の渇きを覚えた頃だった。部屋から外の様子を伺う事が出来ないから、

さっき店主と話してからどれ位経ったのかは相変わらず見当がつかない。

ゆっくりと上体を起こしてみると、痛みや熱っぽさ、倦怠感は大分落ち着いた気がする。

私は改めて、徐々に暗さに慣れてきた左目を凝らして部屋を見渡した。

闇市と言われても私には馴染みがなかったけれど、よく見てみればそこには日本のものではない、

海外で作られたのであろう品々が置かれている。前に村に来た宣教師が見せてくれた本に載っていたような調度品が

暗闇の中でその存在感を主張しているのだ。

色合いや装飾は、日本にはない、南蛮特有のものなのだという。

日本に居ながら外の国に迷いこんだ様な、そんな錯覚に沈んでいた私の心が踊る。

生まれてから一度も見たことのない品々に視線を滑らせていると、大きめな壺にやたらと刀を差してあるのを見つけた。

そこだけ戦場の遺体から剥ぎ取ったのだろうか、汚れや傷が目立つ刀がいくつかある中、

一際目立つ奇妙な長物に目が留まる。

柄と鍔が普通の刀と違って随分と長く、刀身も含めたら私の身長と大差ない位かも知れない。

その姿は、さながらロザリオの様にも見える。

もっと近くで見たくなって、気が付いたら私は布団から出ていた。

まだ覚束ない足取りだったからすぐ膝を付いてしまったけれど、狭い一室だから距離なんてほとんどない。

間違えて周りの調度品を壊してしまわないように、慎重に刀に手を伸ばして、触れる。と同時に、

襖が開く音で私の呼吸と心臓音のみで支配されていた沈黙が破られた。

「子供は寝ていないといけない時間よ。酷い怪我をしているのだから、尚更ね」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには命の恩人、蜂さんが居た。今夜はその手に武器は無く、

代わりに火が灯っている蝋燭と湯呑みを乗せた盆を持っている。

控え目な灯りが照らし出す蜂さんの顔は、想像していたよりもまだ若く、でもその眼光は優しくも力強い。

この人が、私を救う為にあの地獄絵図を作り上げた人なのか。

「すみません。どうしても、この刀を近くで見てみたくて」

「刀……ああ、椿十字刀(つばきじゅうじとう)ね。

変わった形しているけど刃物には変わりないから、病み上がりの子供が持つものではないわよ……ええと」

「つ、胤美(つぐみ)です」

「胤美ちゃんね。とにかく、布団に戻って。熱がぶり返すといけない」

蜂さんが盆を置き、有無を言わせないといった様子で私の肩に手を添える。

逆らう理由もないからそのまま椿十字刀から手を離そうと力を抜く。でもその時私の残された目に入ったのは、

鞘に繊細な線で描かれた模様。

それらが椿だと理解した時、私の潰れてしまった右目が脈を打ったような気がした。

残った左目に入った、柄にあるその椿の色に既視感を覚えたのだ。波の音、雪に覆われた砂浜に広がる落ち椿。

 

ーーそして最期に見た、気高き椿の色。

全てがこの奇妙な剣に集約されている気がして、私の鼓動は更に早まる。

居ても立ってもいられなくて、私は再度手に力を込め椿十字刀を引き寄せる。

壷から抜け切れなくて他の刀も雪崩の如く倒れかかっても意に介さず、

私はそのまま椿十字刀を胸に抱きながら、口を開こうとしている蜂さんに向き直った。

 

「蜂さん。これ、私の新しい右目にしたいです」

 

txet : 志津(http://d-nomads.sakura.ne.jp/

 

 

Fallen tsubaki(camellia)

 

There exists such a thing called “fallen camellia”.

Camellia flowers don’t fall petal by petal as the other flowers do, the head falls as a whole.

Like a beheaded human head falling to the ground.

Thus samurais do not like camellia. A long time ago someone shared that with me while I was looking at camellias.

For a farmer like me, it was really unusual to see someone’s head falling down, and I never thought I would see it in my entire life.

And, I wonder how imaginative, or how psychotic the first person was, to have compared the camellia to the human head.

Now I feel like uttering those poisonous words to myself some years ago.

“They certainly are alike.”

translation : Yoshitaka S.T.



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