「切支丹ガール」を始めるにあたり…

「切支丹ガール」は

管理人が勝手に創造したものであり、

まったくをもってのフィクションである。

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「切支丹ガール」を始めるにあたり、管理人として一言もの申したいと思います。

まずは、切支丹ガールという名称について、

現在においてはキリシタンとカナ表記が常用となっており、

キリシタンとは、もともとはポルトガル語であり、

英訳すればクリスチャン(Christian)という意味であります。キリスト教が日本に伝わり、人々に広がったころは、

「吉利支丹」と表現されていました。

しかし、江戸時代になり、禁教令や宗教弾圧が厳しくなり、

天草・島原の乱後に用いられたのが

キリスト教信者を侮辱するための言葉…

「切支丹」もっと酷いもので、「鬼利死丹」と

差別的な扱いで使用されてきたのでした。

※なお、5代将軍徳川綱吉の名に含まれる吉の字をはばかって、

綱吉治世以降は吉利支丹という字は公には使われなくなり、

切支丹という表記が一般となったそうです。

今回の切支丹ガールは天草・島原の乱を背景に

考え出されたアイデアのため、あえて、切支丹という表記を用いました。

けして差別ではなく、時代背景と歴史的観点からの表現です。

また、創作上のものであるため、

宗教団体や教会関係などとは一切関係ありませんので、ご理解ください。

また、徳川家光、松平信綱、立花宗茂、宮本武蔵など

天草・島原の乱に関わりをもった幕府側の人物を悪い風に見立てていますが、

切支丹ガールが反乱軍側からの視点のため、このような扱いとさせて頂くことに

関係者の方々にはご理解いただきたいと思っております。

(立花宗茂、宮本武蔵は管理人も特に好きな人物なのであります)

 

 

次に、なぜ切支丹ガールを考えだしたのか?

皆さんは天草というと、真っ先に思い浮かぶのは

「天草四郎」であったり「隠れキリシタン」などではないでしょうか?

(他にも天草の良いところはたくさんあるのですが、話が長くなるので省略…)

多数の人がそう思うのも悪くはありませんし、

そのような天草のイメージをこれからも、ずっと残していきたいと思う気持ちで、

今回「切支丹ガール」を考案いたしました。

有名な『フロイス日本史』の一説に

男たちは傷つき疲労し、または戦死していた。

その現状を踏まえて残された女性たちは武器を手にし、

頸にはロザリヨをかかげ、敵兵に立ち向かい

最後は全員が殺されてしまったが、

「天草の兵士は男でない婦女子がもっとも勇猛果敢な兵士に優って勇戦した」

といった内容のものがヒントとなり、

もし、天草四郎ではなく屈強な女戦士たちが武器をとり、

反乱軍を率いていたなら

おもしろい話になるのではと思ったのがきっかけでもあります。

間違った歴史を伝えることはダメなことです。

しかし、時にはフィクションを用いて、

若い世代にも天草の歴史に興味をもっていただき、

天草四郎とはどういう人物だったのか、

天草・島原の乱ではどういったことがおこったのか?

など、「切支丹ガール」がきっかけになって

より多くの人々に天草の歴史の深さを知ってもらえたらなと思っています。

2010.1.1 Amakusa46.com管理人